反応用脱水溶媒

東京大学大学院薬学系研究科 菅 敏幸

東京工業大学大学院理工学系研究科 友岡 克彦

 有機反応の多くは、反応基質に対して大過剰の溶媒中で行われる。だが、溶媒中の不純物はたとえ低濃度であっても総量としては多く、反応に悪影響を与えることが多い。特に有機金属の反応では、溶媒中の水や酸素が大敵であるため、これまで多様な精製・脱水法が開発されてきた。1,2)中でもエーテル系溶媒の脱水法としては、ベンゾフェノン-ケチル蒸留法が広く用いられているが、この方法には地震の際の火災や釜部乾固時の爆発の危険性が指摘されている。この問題をクリアするため、ここ数年、いくつかの試薬会社がエーテル系溶媒を含む多種の脱水溶媒を手頃な値段で販売し始めた。これらは、Grignard反応剤やアルキルリチウム等の反応にそのまま使用できるほど高純度であるため、蒸留精製に伴う火災や爆発の危険を回避できる。通常はシリンジ針を通せる中蓋付きガラス瓶、または返却可能な金属容器入りで売られているので、本コラムでは、容器形態に応じた使用上の注意と若干のヒントを述べてみたい。

1) 金属容器入り脱水溶媒

 多量に使用する溶媒は、SUS等の金属容器入り(約20 L)で購入すると経済的で効率がよい。実験室では背圧用の不活性ガスボンベ、ガス配管とバルブ付きの送液管を準備する(http://www.kanto.co.jp/siyaku/yuki/yugo.html 等参照)。溶媒は、外気に触れさせないため不活性ガスによる「圧送取り出し」を行っており、長期間一定の純度を保つことができる。THF等のエーテル系溶媒も、過酸化物を生じないので、安定化剤を加えずに売られているものもある。複数の溶媒を利用する際は、ガス配管と送液管を分岐すればよい(図1,写真1)。筆者(友岡)の研究室では、THF, Et2O, CH2Cl2,ヘキサン,トルエンを常備している。なお,溶媒の水分は5ppm程度以下が保証されているが、酸素濃度は保証されない場合が多い。 より厳密な脱酸素溶媒を求めるならば、凍結脱気等の処理を行えばよい。さらに厳密な脱酸素・脱水を必要とする場合には、還元銅および活性化アルミナのカラムを通す方法がGrubbsらによって報告されているが3)、筆者について言えば、そこで手をかけずとも多くの反応で良好な結果を得ている。



写真1 容器配管例
 (上部拡大図 下部拡大図


2) 瓶入り脱水溶媒

ガラス瓶詰めで市販されている脱水溶媒は、開封直後であれば精製せずとも問題なく使用できる。何度も使う場合には、一度シュレンク(写真2)に移し替えて保存することが望ましい。ただ、開封を手早く行うことで、シュレンクなしで通常の試薬と同様にそのまま瓶に保存しても、特に問題はない。さらに長期間(2、3ヶ月)の保存には、モレキュラーシーブスを共存させると効果的である4,5)モレキュラーシーブスは、使用直前に10-1〜10-3 mmHgあるいは乾燥窒素気流下300 ℃〜350 ℃に加熱する活性化が必要とされているが、高温炉を使わなくとも活性化は可能である。以下に、モレキュラーシーブスの簡便な活性化法と、それを用いた無水溶媒の保存法を紹介する。

フラスコに入れたモレキュラーシーブスを、家庭用の電子レンジで1分ほど加熱(写真3)する。(加熱時間が長いと溶けて固まるので注意)。直後に、フラスコを真空ポンプで減圧下室温まで放冷(写真4)する。この加熱と減圧を3回ほど繰り返すと、十分に活性化できる。このように活性化処理をしたモレキュラーシーブスを加えると、瓶詰め脱水溶媒は開封後もある程度の期間、十分な無水状態を保つことができる(写真5)。(熱いモレキュラーシーブスをいれると危険であるため注意)溶媒に含まれる水分量は、カールフイッシャー式水分測定器にてppmのオーダーで測定が可能であり、使用直前に確認しておくことが望ましい(写真6)。

 
写真2 シュレンク



写真3 電子レンジにて加熱後

写真4 真空ポンプにて減圧放冷中

写真5 モレキュラーシーブスを入れる

写真6 カールフィッシャー式水分測定器


3) おわりに

 高純度の脱水溶媒が適正な価格で簡単に入手できるようになったことは、研究の効率化と安全性向上の面で非常に好ましい。もしも問題があるとすれば、若い学生がNaの扱い方や大量蒸留等の精製法を学ぶ機会を失うことだろう。利便性に走るばかりでなく、このような点に留意しながら研究室教育を行うことも必要だと感じる。


参考文献

.日本化学会編、第4 実験化学講座 基本操作 I 4・7 有機溶媒の精製 p229-241.

2.Purification of Laboratory Chemicals 3rd ed., Pergmon (1988).

3.Safe and Convenient Procedure for Solvent Purification; Organometallics, 15, 1518-1520 (1996).

4.モレキュラーシーブスは、その細孔径より小さな分子が吸着されるため、小さな分子で極性溶媒のエタノール、メタノールやアセトニトリルの乾燥には、MS 3Aが適している。モレキュラーシーブスの乾燥能力などに関しては、文献5及び付表が参考となる。

5.モレキュラーシーブスについての概説;「ゼオライト-基礎と応用、講談社、P. 113-P. 119


付表 モレキュラーシーブスの種類と主な用途
3A 4A 5A 13X
吸着される分子 有効直径3Å以下の分子
(H2O, NH3, He など)
有効直径4Å以下の分子
(3Aに吸着される分子, H2S, CO2, C2H6, C3H6, EtOH など)
有効直径5Å以下の分子
(4Aに吸着される分子, n-パラフィン, n-オレフィン, n-BuOH など)
有効直径10Å以下の分子
(5Aに吸着される分子, iso-パラフィン, iso-オレフィン, n-Bu2NH, 芳香族など)
吸着されない分子 有効直径3Å以上の分子
(CH4, CO2, エチレン, O2, EtOH, H2S, C2H4 など)
有効直径4Å以上の分子
(C3H8, コンプレッサー油, 環状炭化水素など)
有効直径5Å以上の分子
(iso-化合物, 4員環化合物など)
有効直径10Å以上の分子
((C4F9)3N など)
代表的な用途 小さな分子の極性溶媒の乾燥
(MeOH、EtOH,、アセトン、MeCN など)

ガスの乾燥
(エチレン、ブタジエン、CO2 など)
一般の有機溶媒の乾燥(3Aより乾燥能力が大きい
(CHCl3、キシレン、MeNO2、DMSOなど)

ガスの乾燥
(天然ガスなど)

液相飽和炭化水素からのCO2の除去
大きな分子の有機溶媒の乾燥
(THF、ジオキサンなど)

ナフサ、ケロシンからのn-パラフィンの回収
非常に大きな分子の有機溶媒の乾燥

脱硫

CO2の除去

炭化水素の吸着