ポリコームタンパク質群は
大脳新皮質神経系前駆細胞のニューロン分化能を抑制し、
ニューロン産生期からアストロサイト産生期への転換を促進する

平林 祐介、鈴木 菜央、壷井 將史、後藤 由季子

Hirabayashi et al. Neuron (2009) 63, 600-613.


大脳皮質は哺乳類の高度な生命機能を司る器官で、脳内ではニューロンにより複雑なネットワークが作られている。 この複雑なネットワークが正確に構成される為には、ネットワークの素子となるニューロンの数が厳密に制御されていると考えられるが、 いかにしてこのニューロンの数が厳密に制御されているかは不明な部分が多かった。 ニューロンは発生期の一定期間に神経幹細胞と呼ばれる幹細胞から作られる。つまり、この産生期間が長すぎればニューロンが過剰になり、 短すぎればニューロンが不足すると考えられる。今回我々は、神経幹細胞がニューロン産生を止める時期の決定に、 ポリコーム分子群が必須の役割を果たしていることを明らかにした。

大脳皮質の神経幹細胞は発生が進むにつれニューロンを産み出す能力を失ってニューロンの産生を終了し、グリア細胞(アストロサイトなど) のみを産み出すようになる。その理由を検討したところ、neurogenin1遺伝子のプロモーターのクロマチン状態を時間経過と共に閉じ、 同時に神経幹細胞からのニューロン分化が終了しアストロサイト分化へと運命が転換させることが明らかになった。 ポリコーム分子群はエピジェネティックに遺伝子の発現を制御する分子であるが、このポリコーム分子群を構成する分子を無くした神経幹細胞においては、 発生が進んでもneurogenin1遺伝子のプロモーターは閉じず、またニューロン分化能も失われなかった。その結果、 ポリコーム分子群を持たないマウスの大脳においてはニューロンが作られ続け、過剰なニューロンが産生された。即ち、 ポリコーム分子群が発生の時間経過とともに、neurogenin1遺伝子プロモーターを閉じてニューロン分化能を失わせていると考えられる。

今回の成果は、幹細胞が様々な細胞を産み出せるのはなぜかという疑問の解決に寄与する可能性があり、 また、ニューロンが失われるような疾患に対する幹細胞を用いた治療の実現に貢献する成果だと期待される。



  
毎日新聞9月10日夕刊 10面
共同通信 9月10日配信
日本経済新聞 9月13日朝刊 34面
朝日新聞 9月15日朝刊 23面
日経産業新聞 9月17日朝刊 12面
Cell 139, 1, 7 Leading edge