成体神経幹細胞が長期にわたって維持されるメカニズム
(分裂頻度、ニッチ、非対称分裂)

哺乳類の大人の脳において、脳室下帯および海馬という少なくとも2ヶ所にニューロンを作る細胞「神経幹細胞」が存在し、毎日ニューロンが新しく作られます。 これらの新生ニューロンは回路に組み込まれ、記憶の形成、本能行動、ストレスからの回復などに重要な役割を果たしていると考えられています。 そしてニューロン新生が異常に低下すると、抑うつなどの気分障害につながることも示唆されています。 従って、神経幹細胞を維持し、ニューロンを必要な数作り続けることは豊かな生活にとても重要であると考えられます。 しかし、どのような仕組みで神経幹細胞が何十年もの長い間維持されているのかは必ずしも分かっていませんでした。 特に、胎生期にたくさん存在していた神経幹細胞は生後ほとんどの場所でニューロンを産まなくなりますが、 脳室下帯と海馬ではなぜか神経幹細胞は大人まで生き残りニューロンを作り続けます。 おそらく脳室下帯や海馬にだけ、神経幹細胞を維持する微小環境(ニッチ)シグナルが存在すると予想されていましたが、 それが何であるかは不明でした。

今回私たちの研究から、Dll1 (Delta-like 1)というタンパク質が成体の脳で神経幹細胞を維持するニッチシグナルであることが明らかになりました。 Dll1を成体脳で人為的に失くすと、神経幹細胞は維持されなくなります。 更に興味深いことに、Dll1を提示して神経幹細胞を維持する「ニッチ」は、神経幹細胞が分裂して産まれた娘細胞であることもわかりました。 神経幹細胞がそのままニューロンに分化してしまうと、すぐに神経幹細胞はなくなってしまいますので、 分裂して出来たふたつの細胞のうちひとつだけをニューロンに分化させるという「非対称分裂」を行って巧妙に神経幹細胞の数を保っていると予想されていました。 今回私たちは、実はDll1は分裂中に偏った局在をすることで、分化する側の娘細胞にだけ渡されて、 もとの神経幹細胞を維持しているということを明らかにしました。

胎生期の神経幹細胞と違って、大人の脳の神経幹細胞は非常にまれにしか分裂しません。 おそらく神経幹細胞の分裂できる回数には上限があって、素早く分裂しすぎるとその上限にすぐに達してしまい、分裂しなくなると予想されます。 そこで、出来るだけ分裂頻度を抑えて長期間(一生)保っているのでしょう。 今回の私たちの結果から、Dll1のシグナルは神経幹細胞が分裂後に休眠状態に戻るのに必要であることも見出しました。 神経幹細胞がニューロンを作るために分裂した際に、Dll1のシグナルが入るので無事にまた休眠状態に戻ると考えられます。 このような「初期化システム」が働いて分裂し過ぎを防ぎ、長期間の維持につなげているのでしょう。

老化すると、確実に神経幹細胞やニューロン新生は減少し、それが記憶力の低下など様々な脳機能の劣化と結びつけられています。 また、前述のように、ストレスや精神疾患との関連でニューロン新生の低下が起こることも示唆されています。 従って、高齢化社会・ストレス社会を迎え、「成体の神経幹細胞をいかに効率よく維持して、必要なニューロン新生を一生サポートするか」は重要な社会的課題です。 今回の発見は神経幹細胞の維持に重要なタンパク質を同定し、維持する際のメカニズムを一部明らかにしたことによって、この課題の解決に近づく一歩になったのではないかと期待しています。