東京大学大学院薬学系研究科
機能病態学教室

Neuropathology and Neuroscience

研究方針

基本的な方向性は、「膜タンパク質代謝の異常によって引き起こされる疾患の分子病態解明と介入法の研究」です。また主たる目標はアルツハイマー病、自閉症、パーキンソン病です。しかし以下の各テーマは完全に独立したものではなく、疾患の治療法、介入法の開発の上でもお互いに関連し合うものです。またそれぞれの視点では気づかないようなことも、他の人の目から見ることで新しい発見も産まれます。その上でも、ラボメンバーの間では常に”open minded, data sharing”であるべきだと考えています。

それぞれの項目に記載されている英文総説についてPDFをご希望される方は、富田までメールにてご連絡をお願いします。

γセクレターゼによる膜内配列切断システムの理解

γセクレターゼはアルツハイマー病原因物質であるAβの産生に関わると同時に、膜貫通タンパク質の疎水性環境に存在する膜貫通領域を加水分解するという、古典的にはありえない反応を行うプロテアーゼです。アルツハイマー病研究から始まったこの酵素の研究は、各種阻害剤を用いたケミカルバイオロジー研究の潮流を経て、今や「膜内配列切断酵素」として新しいプロテアーゼの定義を打ち立てるに至りました。その中で私達はγセクレターゼが4つの膜タンパク質からなる複合体であること、活性中心ポア構造を脂質二重膜内に形成していることを明らかにして、様々な化合物や抗体が切断活性をどのようにして変化させるか、を解析してきました。

しかし未だその切断メカニズムの詳細は不明です。私達はγセクレターゼによる膜貫通領域の切断メカニズムについて、低分子化合物を用いたケミカルバイオロジー、構造生物学を合わせて、古典的な生化学や酵素学、そして分子生物学と組み合わせて解析しています。その理解はアルツハイマー病治療薬開発のみならず、新たな酵素学の解明につながることが期待されます。

γセクレターゼによる膜内配列を切断するメカニズムに関する総説はこちらです。

Aβ代謝メカニズム(産生、分泌、分解)とその制御の研究

Aβは前駆体タンパク質APPがβセクレターゼとγセクレターゼによって切断を受けて分泌されます。APPはαセクレターゼによっても切断を受け、この場合Aβは産生されません。またAβがどのようにして細胞外に分泌されるのか、その後どのように壊されているのか、ということの詳細は不明です。しかしこれまでの研究から、いずれかのステップの異常により脳内Aβ量が増加するとアルツハイマー病発症につながることが明らかとなっています。これまでに私達は脂質環境や神経細胞の活動がこれらセクレターゼの活性を変化させることを示してきました。

また脳内で主にAβを産生しているのは神経細胞ですが、分解しているのはグリア細胞であると考えられていますが、その機能的な連関を含めて詳細は不明です。またグリア細胞を標的とした創薬はまだなされていません。私達は最近、このグリア細胞によるAβ分解システムの解明にも取り組んでいます。脳内Aβ代謝メカニズムの全容を明らかにし、その制御機構を解明することで、アルツハイマー病治療薬や診断薬の開発につながると考えています。

APPおよびAβに関連するプロテアーゼに関する総説はこちらです。

アルツハイマー病リスク因子がもたらす分子病態

遺伝学的な研究から、アルツハイマー病のなりやすさを決めるリスク因子があることが明らかになってきました。従来はメンデルの法則に従うような、非常に浸透率の高い家族性アルツハイマー病の研究がなされ、γセクレターゼの活性中心サブユニットであるプレセニリンの研究に繋がりました。一方で近年のゲノム解析技術の進歩により、発症リスクの上昇は低いけれども多くの人がもっている遺伝学的な違い(Common variant)や、非常にもっている人は少ないけれども発症リスクが著しく上昇するもの(Rare variant)などが見いだされるようになりました。

各リスク因子の正常機能を見ると、小胞輸送、炎症反応、脂質代謝に分類されます。アルツハイマー病の発症メカニズムとして脳内Aβの蓄積から、神経細胞間をつなぐシナプスの変容、細胞内タンパク質(タウなど)の異常によって発症に至ると考えられており、各リスク因子がこの病態パスウェイのどこに関与しているのかについて、検証しています。私達は小胞輸送に関わるリスク因子がAβ産生に主に影響をあたえることを見出しています。リスク因子の詳細な解析は、アルツハイマー病の「なりやすさ」や、治療薬の「効きやすさ」に関して情報を与え、オーダーメード治療開発につながると考えています。

アルツハイマー病リスク因子に関する総説はこちらです。

細胞内小胞輸送の破綻と疾患

APPからAβが産生される上で、切断酵素であるセクレターゼを含めて神経細胞内での局在が重要であることが示唆されています。また上記のように遺伝学的リスク因子のなかに、数多くの細胞内小胞輸送関連分子をコードする遺伝子が同定されてきました。これらの事実から、細胞内小胞輸送経路の異常はAβ代謝や神経細胞の生存に影響を与え、アルツハイマー病発症に至ることが考えられます。

またアルツハイマー病のみならず、他の神経精神疾患においても細胞内小胞輸送の異常がその発症メカニズムに深く関与していることが明らかになりつつあります。小胞輸送をターゲットにした創薬はまだ多くはなされていませんが、徐々に開発されつつあります。このような観点から、細胞内小胞輸送経路に関わる分子と疾患の関係について、特に個体を用いた解析を通じて明らかにしていきたいと考えて研究を行っています。

小胞輸送とAβ産生に関する総説はこちらです。

神経細胞シナプス接着分子の代謝メカニズムと機能

Aβ産生を行っているセクレターゼの研究を行っていく中で、神経細胞をつないでいるシナプスに存在する接着分子が基質となっていることに気付きました。そしてその観点からいくつかの新しい基質を見出し解析してきました。興味深いことに、そういった神経細胞シナプス接着分子は自閉症や精神遅滞などの発達障害に関連しているものが非常に多いことも明らかとなってきました。

これまでに進めてきたアルツハイマー病とセクレターゼの研究から学んだ、膜タンパク質代謝の異常が疾患を引き起こすという事実と、その代謝システムの制御法が開発できるという事実を踏まえて、神経細胞シナプス接着分子の代謝経路の解明とその制御法の開発から、自閉症を含めた精神疾患へ新しい創薬アプローチが出来るのではないかと考えて研究を進めています。

グリアを創薬標的とした細胞病態研究

アルツハイマー病患者脳内ではグリオーシスとして知られるアストロサイトやミクログリアの活性化と増生が観察され、脳内慢性炎症が惹起されていると考えられています。遺伝学的リスク因子の研究からグリア関連分子が数多く同定され、疾病発症プロセスにグリア細胞が深く関与することが明らかとなりました。加えてパーキンソン病や前頭側頭葉変性症、さらには自閉症などの精神疾患においてもグリア細胞の変調が報告されています。

哺乳類の脳においては神経細胞よりもグリア細胞の数が圧倒的に多く、また近年、単なる栄養の補充や脳内免疫に留まらず、様々な高次脳機能に関わることが示されてきました。さらに神経変性疾患において失われていく神経細胞に対して、グリア細胞を創薬標的とすることで効果的な治療法の創出につながる可能性があります。そこでこれら神経精神疾患におけるアストロサイト、ミクログリアのCellular pathologyの解明と分子レベルでの理解を目指した研究を展開しています。

グリア細胞とアミロイド病態に関する総説はこちらです。

パーキンソン病の分子病態メカニズム解明

家族性にパーキンソン病を発症する家系の研究から、様々な遺伝子変異がパーキンソン病の原因となることが明らかになり、そのなかでも当研究室では特にLRRK2と呼ばれるキナーゼに着目して、パーキンソン病の分子病態の解明に挑んでいます。LRRK2が小胞輸送制御因子である低分子量GTPase Rabファミリーに属するいくつかのタンパク質を生体内でリン酸化することがごく最近明らかになり、他にも複数の小胞輸送関連分子にパーキンソン病の原因となる遺伝子変異が同定されていることから、細胞内小胞輸送の異常がパーキンソン病の原因となっている可能性が考えられています。

当研究室では、LRRK2によるRabリン酸化の生理的・病的機能や、その制御機構を生化学、分子細胞生物学的手法により解析することを中心とし、パーキンソン病の分子病態における小胞輸送異常の位置づけの解明と、分子メカニズムに基づいた画期的なパーキンソン病治療薬および診断薬の開発を目指した研究を展開しています。