HOME > Research 3


胸腺特異的プロテアソームによるT細胞選択機構の解明

 獲得免疫系は自己と非自己を識別して、非自己のみを攻撃する優れたシステムです。この特異的な応答の中心になるのがT細胞です。身体に侵入するあらゆる病原体を攻撃可能な膨大な多様性を持ち、なおかつ健常な細胞を攻撃しないT細胞のセット(レパトアと呼ばれる)を備えることで私たちの身体を守っています。

research 3 1.jpg図1 胸腺は皮質と髄質の二つの領域に区分することができる。皮質での正の選択と、続く髄質での負の選択により選別されたもののみ成熟T細胞となる。個々のT細胞は、その細胞表面にただ1種類のT細胞受容体(TCR)を発現しています。このT細胞受容体が、ほかの細胞の表面に発現している主要組織適合抗原複合体(MHC)と相互作用することにより、その細胞を排除すべきかどうかを判断します。この判断に不可欠な情報がMHCの溝にはまり込んでTCRに提示される、自己または非自己タンパク質由来の短いペプチド断片です。このペプチド断片がMHCとともにTCRに提示されることにより、自分の細胞が非自己に侵されているか否かを知らせるのです。
 身体に侵入してくる未知の病原体に対応するため、TCRは膨大な多様性を備えています。T細胞は、胸腺という心臓の上に覆い被さるように存在する臓器で分化・増殖します。最初に、ランダムな遺伝子再構成(抗体の多様性を生み出すのと同様の仕組みです)によって10のxx乗もの多様性をもつTCRが作り出されます。この中から、自己を攻撃しないが非自己を認識して攻撃するポテンシャルをもつTCRを有するT細胞のみが選別され、有用なT細胞レパトアが形成されます。このプロセスは”正の選択 (positive selection)”と”負の選択(negative selection)”からなります。まず胸腺皮質上皮細胞(cTEC)の働きにより有用なT細胞のみを生存させ(=正の選択)、引き続き胸腺髄質上皮細胞(mTEC)と樹状細胞(DC)の働きにより自己成分に対して強い反応性をもつ有害なT細胞を排除します(=負の選択)。
 この正の選択と負の選択はcTECおよびmTECによって抗原提示される自己抗原ペプチド/MHC複合体と個々のT細胞のTCRとの相互作用に基づき行われています。ペプチド/MHCクラスIにより選択された細胞はCD8+ T細胞(キラーT細胞)へ、ペプチド/MHCクラスIIにより選択された細胞はCD4+ T細胞(ヘルパーT細胞)へと分化する。負の選択に関しては、組織特異的抗原をmTECに発現させる転写因子AIRE(autoimmune regulator)の発見などから、mTECが胸腺にありながら“自己成分のデパート”の機能を果たすことで負の選択を効果的なものにしているといった分子基盤の理解が進んでいましたが、その一方で正の選択のメカニズムの理解は乏しく、そもそも正の選択のための特別な機構の存在や正の選択の存在意義すら疑問視する声も多い状況でした。
 近年、私たちはcTEC特異的に発現するプロテアソームの新規触媒サブユニットβ5t、およびβ5tが触媒サブユニットとして組み込まれた”胸腺プロテアソーム”を発見しました。β5t欠損マウスではCD8+ T細胞の正の選択が著しく障害され、CD8+ T細胞が約80%減少し、わずかながら産生されたT細胞レパトアも適切な免疫応答を行うことができない不出来なレパトアであることを発見しました(Science 2007, Immunity 2010)。

research 3 2and3.jpg図2 胸腺特異的に発現するβ5tを組み込んだ胸腺プロテアソームが存在するプロテアソームはMHCクラスI結合ペプチド産生の責任酵素です。プロテアソームはタンパク質を分解し、3-20アミノ酸長の短いペプチド断片として吐き出します。このうち、適切な長さと配列的特徴を持つ一部のペプチド断片がMHCクラスIの溝にはまり込みます。胸腺プロテアソームがこれまで知られていた構成型プロテアソームや免疫プロテアソーム(cTEC以外の細胞で発現)と異なるペプチダーゼ活性を有することや、様々なTCRトランスジェニックマウスとβ5t欠損マウスとの交配後のT細胞の解析結果から、胸腺プロテアソームが正の選択を行うための特殊なペプチドを産生している可能性を私たちは報告しています。これらのことから胸腺プロテアソームがcTECにおいて他の細胞とは異なる特殊なMHCクラスI結合ペプチドを産生し、正の選択のための特別な相互作用をペプチド/MHCクラスI複合体とTCR間に作り出していることが予想されます。
research 3 4.jpg図3 胸腺プロテアソームによるT細胞選別機構のモデル 胸腺プロテアソームが産生するペプチドが“正の選択”のための適切な相互作用を未熟T細胞に与えることが、CD8+T細胞の分化を促進していると考えられます。
 cTEC上にMHCクラスIに提示されているペプチドの詳細な解析を行うことにより胸腺特異的プロテアソームによる正の選択機構の分子基盤の解明を目指します。