研究概要

領域代表:阿部 郁朗

東京大学大学院薬学系研究科・教授

本領域の目的

多くの生物のゲノム情報が容易に入手可能となり、ゲノムマイニング (遺伝子探索) により様々な天然物の生合成遺伝子を取得し、その生合成系を再構築することで天然物の生産が可能となりつつある。次のブレークスルーは、この生合成マシナリーを如何に活用するかという点であり、本研究領域では、生合成の「設計図を読み解く」から、さらに「新しい設計図を書く」方向に飛躍的な展開を図る。すなわち、天然物構造多様性の遺伝子・酵素・反応の視点からの精密解析に基づき、新たに生合成工学や合成生物学の世界最先端の技術基盤を確立することで、生合成システムの合理的再構築による複雑骨格機能分子の革新的創成科学を新たな学術領域として展開することを目的とする。

生合成を利用した効率的な物質生産は、クリーンかつ経済的な新しい技術基盤として、医薬品など広く有用物質の安定供給を可能にするため、この分野の研究 (合成生物学) は、新たな学術領域として大きな注目を集めており、資源が枯渇しつつある現代にあって、ますます重要になる。

さらに本領域では酵素のみならず代謝過程全体のリデザインにも着手する。物質生産過程における一次代謝と二次代謝とのクロストークの解明と制御など、新しい学術領域の発展や技術基盤の創成に資することが大いに期待される。将来的にはゲノムから代謝経路まで人為的に、合理的にデザインし、さらに進化工学的に適切な選抜・淘汰過程を組み合わせることで、合目的な天然物様機能分子の自由自在な創成をめざす。

本領域の内容

生合成システムの合理的再構築による物質生産を考える上で、各生合成反応を触媒する酵素 (生体触媒) の理解と応用が不可欠である。二次代謝酵素の中には、微妙な構造の違いで基質や反応様式が大きく変化するものがあり、これが天然物分子多様性を生み出す大きな要因の一つとなっている。一方で、高効率的遺伝子発現、代謝工学など、大量生産系構築のための革新的な手法の開発により、稀少有用物質の大量安定供給が可能になる。さらに、生合成システムの合理的再構築により、狙ったものを正確に作る、天然物を凌ぐ新規希少機能分子の大量安定供給が実現する。

研究項目A01では、非天然型機能性分子人工生合成のための革新的な手法開発や、擬似天然物合成生物学研究などにより、天然にないものをつくる。

研究項目A02では、物質生産過程における一次代謝と二次代謝とのクロストークの解明と制御や、大量生産系構築のための革新的な手法開発などにより、稀少なものを大量につくる。

研究項目A03では、生合成系の精密機能解析研究や、構造基盤の解明研究、ゲノム進化研究などにより、マシナリーの構造と機能を解明する。

これら3つの研究項目を設定し、生合成システムの合理的再構築により、狙ったものを正確に作る、天然物を凌ぐ新規希少機能性分子を大量に安定供給するという目的を達成する。

期待される成果と意義

生合成システムの合理的デザインによる効率的、実用的な物質生産系の構築により、医薬品など広く有用物質の安定供給が実現する。また、天然物を凌ぐ新規有用物質の創出、天然物に匹敵する創薬シード化合物ライブラリーの構築なども可能となり、これまで埋もれていた有用物質をくみ上げるシステムなどの構築にも直結する。合理的な「生合成リデザイン」に基づく物質生産は、従来の有機合成によるプロセスに比べて、クリーンかつ経済的な新しい技術基盤として期待できることから、社会的にも意義があり、医薬品のみならず、エネルギー、新規素材の生産技術の革新にも直結する。

人為的な天然の二次代謝経路の再構築と効率的な生産が可能になれば、機能性分子の天然模倣型生産技術に近づくことができる。現段階で我々が成し遂げた二次代謝経路の再構築は特定の経路あるいは化合物に特化した生産機構の構築までであり、より汎用性の高い、フレキシブルな人為的改変を可能とする経路の確立には至っていない。このような技術革新が成し遂げられれば、従来の生合成工学や合成生物学の枠にとどまらず、新たな学術領域の創成や発展に資することが大いに期待される。