東京大学大学院薬学系研究科 天然物化学教室
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History

天然物化学教室のあゆみ
 当教室は明治26年(1893)、当時の本学医科大学薬学科に初めて制定された三講座のうち薬学第一講座(生薬学)として下山順一郎教授により開講されたことに始まる。明治11年(1878)第1回東京大学製薬科卒業生であった下山教授は、その後ストラスブルク大学の生薬学の権威フリュキゲル教授の下で学び、我が国伝統の本草学を科学的な近代生薬学に体系付けた。因みに「生薬学」という和名は、明治13年(1880)当時、本学でPharmacognosieの教育を担当していた大井玄洞が命名したものである。

 大正元年(1912)、下山教授の後任で講座担当となった朝比奈泰彦助教授(大正7年より教授)は、昭和16年(1941)に停年退官するまでの約30年間にわたりサクラニン、ナリンギンなどのフラバノンの研究を始めとする各種和漢薬成分の化学的研究を展開し、帝国学士院恩賜賞授賞の対象となった。また教授は当時ほとんど未開拓の分野であった地衣類の研究に着手し、デプシド・アントラキノン・キサントン・ジベンゾフラン等の特異な代謝産物の化学構造を決定した。特にジベンゾフラン誘導体であるウスニン酸に関する研究は構造決定から後に柴田・三川両教授らによるその生合成研究へと展開し、我が国の天然物化学研究における動的側面(動的天然物化学)発展の端緒となった[教授の地衣類研究への情熱は雅号「蕾軒」(地衣:Lichen)にも表れている]。また、朝比奈教授は昭和23年(1948)から25年にかけて行われた正倉院薬物調査団の主班となり、柴田教授らと共に初めての科学的調査を実施している。帝国学士院会員、昭和18年(1943)文化勲章受章、昭和26年(1951)文化功労者。また、昭和26,27年(1951,52)二度にわたってノーベル化学賞の候補に挙がっていた。

 昭和16年朝比奈教授の退官を受けて戦中から戦後にかけて、藤田直市教授(昭和16~19年:形態的生薬学)並びに浅野三千三教授(昭和20~23年:本学伝染病研究所と併任、地衣・植物の色素研究)が教室(第三講座)を担当した。

 昭和24年(1949)、浅野教授の急逝に伴い、柴田承二助教授(昭和25年より教授)が講座担当に就任した。柴田教授は朝比奈教授の手掛けた地衣代謝産物の研究をさらに発展させ、地衣成分が主として菌共生体の代謝産物であろうという考えから菌類の分離とその培養法を確立し、その代謝産物の研究から地衣の二次代謝産物は主として共生菌により生産されていることを明らかにした。菌類代謝産物の代表的な研究としては、糸状菌の生産するアントラキノン誘導体、ルグロシンが挙げられ、本化合物がアントラキノン誘導体二分子がDiels-Alder型のシクロアディションしたビアントラキノンであることを証明した。また植物の分野においては漢薬を始めとする天然薬物の有効性の科学的解明に着手し、薬理学的研究を積極的に取り入れた天然薬物成分と生物活性の関連(構造活性相関)の研究を展開、薬用人参のサポニン類、甘草のフラボノイド類など有効成分同定の研究を行った。さらに植物の組織培養による物質生産系確立へも研究を展開し、菌類・植物二次代謝産物の生合成研究での先駆的役割を担った。柴田教授(現、日本学士院会員)は日本学士院賞等数多くの学術賞を授与されている他、平成9年(1997)には文化功労者として顕彰されている。

 本講座は柴田教授の在任中の昭和33年(1958)に本学薬学部が独立設置されたのに伴い、薬学部薬学科の基幹八講座の一つ、生薬学講座となった。昭和37年(1962)には関連講座として植物薬品化学講座が増設され、生薬学講座所属であった藤田路一助教授が教授(昭和38年退官)として担当し、昭和38年には両講座が生薬学・植物化学教室として改称した。

 昭和51年(1976)に講座担当となった三川潮教授は、多様な化学構造とそれを反映した様々な生物活性を有する天然二次代謝産物の生合成に注目し、放射性同位体を用いたトレーサー実験を皮切りに、各種安定同位体の取込みと核磁気共鳴(NMR)装置・質量(MS)スペクトルといった当時急速に発展していた物理化学的な分析手法を積極的に利用して、酢酸-マロン酸経路・メバロン酸経路等の二次代謝経路で機能する重要な諸反応の機構を解明した。また、酵素レベルでの生合成研究にも着手し、植物生体防御応答のひとつであるファイトアレキシン生産に関連したイソフラボノイド生合成酵素群並びに糸状菌フェノール酸化的カップリング反応に関与する酵素等において、顕著な成果を挙げた。さらに、二次代謝生合成を触媒する酵素をコードする遺伝子のクローニングにも研究領域を広げ、研究材料としてそれまで手掛けていなかった放線菌にも着手し、遺伝子レベルでの二次代謝産物生合成研究の端緒を開いた。柴田教授時代に開始された天然薬効成分の研究についても酵素レベルでの検討を行い、特異的な酵素阻害をバイオアッセイに用いた生薬・薬用植物からの活性成分の探索研究を先駆的に展開した。

 平成7年(1995)海老塚豊教授が講座担当となり、平成8年には大講座制移行に伴い本講座は生物有機化学大講座・天然物化学教室となった。海老塚教授は、医薬資源として重要な二次代謝産物であるテルペノイドならびにポリケタイド生合成の炭素骨格構築に関わる鍵酵素に焦点を当て、遺伝子クローニングならびに酵素機能解析の研究を展開した。特に、ステロールや様々な薬用植物の薬効成分であるトリテルペンの生合成に関わるオキシドスクアレン閉環酵素の研究において顕著な成果を挙げた。さらに、糸状菌や放線菌のポリケタイド合成酵素に関しても先駆的な研究を展開し、天然物構造多様性の起源を分子レベルで明らかにした。また、これにより得られる情報を基盤とし、希少有用物質の生物生産システムをデザイン構築する生合成工学の開拓をめざした。

 平成21年(2009)5月、阿部郁朗が第8代教授として講座担当となり、現在に至っている。

【参考文献】
*「薬友 (第7号)-東京大学薬学部創立15周年記念号」東京大学薬学部薬友会(1974).*「日本の薬学-東京大学薬学部前史-」根本曽代子著、南山堂 (1981).