nisG-UmedaNoguchi G

 

武田グループ 2011

グループメンバー
  武田 弘資(准教授)
  渡辺 順子(特任研究員)
  水上 潤哉(特任研究員)
  佐藤 剛裕(M2)
  神山 美樹(M1)
  畑中 稚子(4年生)

  

 各自がそれぞれのプロジェクトをもって研究を進めており、それらを円滑に能率よく遂行するために、週一回のグループ・ミーティングを中心に互いにディスカッションをしながら仕事を行っています。各自のプロジェクトはいずれもASK1 という一つの分子の機能解析からスタートしていますが、それぞれをさらに未知の研究分野へと踏み込んで行くための基盤にできるようなレベルまで昇華させることを目標にしています。

 細胞内のシグナル伝達のような分子レベルでの研究を行っていると、次第に細かな点に意識が集中してしまい、生物学的なさまざまな現象との整合性を見失う恐れがあります。そこでグループ・ミーティングでは、実験のデザインから実験結果の解釈まで、生物学的現象との相関性という点に重点を置いてディスカッションを行うようにしています。もちろん、小グループとしての利点を生かして、ラボ全体のミーティングでは話しづらい、実験の失敗談や初歩的な質問なども積極的に話題として取り上げ、初心者にとってもベテランにとっても意義のあるミーティングのするようメンバーみんなで努力しています。

研究プロジェクト
 私たちのグループでは、ASK1と比較してまだ不明な点の多いASKファミリー分子ASK2の機能に注目しつつ、とくに発がんやがんの病態におけるASKファミリー分子の役割の解明を目指しています。また、ASK1の結合分子として同定した新規プロテインホスファターゼPGAM5の機能解析にも力を入れています。

 
 

新規プロテインホスファターゼのストレス応答における機能
 私たちは、PGAM5 (Phosphoglycerate mutase family member 5)をASK1の結合分子として同定しました。この分子はホスホグリセリン酸ムターゼ(PGAM)ファミリーに属し、ヒトからショウジョウバエや線虫に至るまで高度に保存されたタンパク質で、N末端に膜貫通ドメイン、C末端側にPGAMファミリー分子間で保存されたPGAMドメインを持ちます。この分子を見いだした当時はBcl-xLの結合分子スクリーニングで見いだされたことだけが報告されていましたが、その分子の機能は不明でした。

  私たちのその後の解析から、PGAM5がセリン/スレオニン特異的プロテインホスファターゼとして機能することを見出しました。この分子は、これまでに知られているセリン/スレオニン特異的プロテインホスファターゼとはまったく異なる1次構造をもつことが大きな特徴で、興味深いことに、そのホスファターゼ活性依存的にASK1を活性化します。おそらく、ASK1の活性に対して抑制的に働くリン酸化部位をPGAM5が脱リン酸化することでASK1の活性化を促していると予想しています(図1)。この分子には、ショウジョウバエや線虫においても高度に保存されたオルソログが存在し、いずれもがASK1に対する活性化能をもちます。

  PGAM5は、そのN末端に存在する膜貫通ドメインを介しておもにミトコンドリアに局在することが分かっています。ミトコンドリアは、細胞のエネルギー産生において重要な機能をもつと同時に、アポトーシスの誘導をはじめ、様々な細胞傷害性ストレスに対する細胞の運命決定においても重要な役割を担っている細胞内小器官です。現在、ミトコンドリアの機能やストレスによる傷害との関連に着目し、PGAM5がストレス応答においてどのような機能をもつかについて解析を行っています。


(図1)PGAM5によるASK1の活性化

文献1:Takeda, K. et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 106, 12301-12305 (2009)

 

ASK2の機能解析
ASK2は、1998年にYaoらのグループによってASK1の結合分子MAPKKK6として報告されました(文献2)。実は私たちのグループも同じ時期にASK1をベイトとした酵母two-hybridスクリーニングによってASK2を同定していましたが、ASK2のキナーゼ活性はASK1と比較して著しく低く、その機能解析は非常に困難なものでした。

 その困難を打破したのは「抗体」でした。ASK2抗体の作製は何度となくトライしましたが、内在性分子を検出できる抗体はできませんでした。最近、やっと内在性ASK2を高感度に検出できる抗体の作製に成功し、ASK1とASK2の内在性分子同士の結合を検出することで、ASK2が定常状態でのASK1シグナルソーム(野口グループの紹介参照)の構成因子であることを明らかにすることができました(文献3)

 さらにこの抗体を用いて様々な組織や細胞でのASK2の発現を検討している過程で、ASK1ノックアウトマウス由来の細胞でASK2の発現が著しく低下していることを見出しました。ASK1ノックアウト細胞におけるASK2 mRNAの発現は低下しておらず、プロテアソーム阻害剤の投与により野生型細胞と同程度のレベルまでASK2の発現レベルが回復したことから、ASK1と複合体を形成することでASK2は分解から免れて安定化すると考えられました。

 実際、ASK1ノックアウト細胞にASK1を発現させることで内在性のASK2の発現が回復します。興味深いことに、キナーゼ不活性型ASK1変異体でもASK2の発現回復が認められることから、ASK1がASK2を安定化させる際、ASK1のキナーゼ活性は必要ないことが分かります。さらにキナーゼ不活性型ASK1変異体は、ASK2を安定化させるだけではなく、ASK2のMAP3Kとしての活性を上昇させ、ASK2に活性酸素種に対する応答性を与えます(ASK2単独はほとんど応答しません)(図2)。よって、ASK2はASK1と複合体を形成することで初めてMAP3Kとして機能すると考えられます。


(図2)ASK1によるASK2の安定化と活性保持

 その一方で、ASK1によって活性が保持されたASK2は、ASK1の活性化セグメントのスレオニンを直接リン酸化する活性を示すことから、ASK1とASK2には互いに異なった機構で活性を高め合う機構が存在することになります(図3)。ASK2の安定性がASK1に依存していると考えると、細胞にはASK2単独の複合体はおそらく存在せず、ASK2の発現レベルに応じて、ASK1ホモ複合体から構成されるものと、ASK1-ASK2ヘテロ複合体から構成されるものとの二種類のASK1シグナルソームが存在し、それぞれの複合体内でASK1同士、あるいはASK1-ASK2間で活性の調節が図られていると予想されます。


(図3)ASK1-ASK2複合体内における両者の活性化機構

文献2:Wang, X. S., Diener, K., Tan, T. H., Yao, Z.: Biochem Biophys Res Commun,253, 33-37 (1998)
文献3:Takeda, K. et al.: J Biol Chem,282, 7522-7531 (2007)

 
 

がん抑制遺伝子としてのASK2
 マウスの各組織におけるASK2のタンパク質レベルでの発現分布を調べてみると、興味深いことに、皮膚をはじめ、食道、胃、大腸などの消化管や肺といった外界と直接接する上皮をもつ組織に多く発現している傾向が認められました(文献4)。そこで皮膚に注目してASK2の発現をさらに詳しく観察してみると、皮膚の最表層である表皮層に高い発現が確認され、皮膚表皮層由来の培養角化細胞では、マクロファージや線維芽細胞など他の組織系の細胞に比べて明らかにASK2が多く発現していることが分かりました。

 そこで、マウスの皮膚に、発がん性物質7,12-dimethylbenz[a]anthracene (DMBA)をイニシエーターとして塗布した後、炎症誘発物質12-O-tetradecanoylphorbol-13-acetate (TPA)をプロモーターとしての連続塗布して腫瘍形成を誘導する二段階皮膚腫瘍形成モデルを用い、ASK2 ノックアウトマウスの腫瘍の形成について検討しました。その結果ASK2 ノックアウトマウスにおいては、表皮角化細胞のDMBAに対するアポトーシスが減弱しており、野生型マウスに比べて形成された腫瘍数が明らかに多いことが明らかとなりました。よってASK2は、DMBAによって損傷を受けた細胞をアポトーシスによって排除することで、腫瘍の形成を抑制する働きをもつと考えられます。

 このような機能がヒトにおいても保存されていれば、ASK2は発がんやがんの進行の抑制に働く分子、すなわち「がん抑制遺伝子」の範疇に属することになります。そこで、ヒトの様々ながん組織から樹立した細胞株におけるASK2 mRNAの発現を調べたところ、口腔がん、食道がん、胃がん、大腸がんの細胞株の多くが、対照として用いた正常組織と比較して明らかにASK2の発現レベルが低下していました。そこで、ヒトASK2を特異的に認識するモノクローナル抗体を作製し、約100例の食道がん原発巣におけるASK2のタンパク質発現レベルを検討したところ、約半数の組織において、周囲正常組織と比較してASK2の発現が明らかに低下していることが明らかとなりました。この結果から、ASK2がマウスモデルだけではなく、ヒトにおいてもがん抑制遺伝子として機能していることが強く示唆されます。

 一方、ASK1にも同様の機能があるかについても二段階皮膚腫瘍形成モデルを用いて検討を加えてみました。しかし、ASK1ノックアウトマウスでは腫瘍形成は亢進せず、野生型マウスと同程度の腫瘍形成が認められただけでした。同様に、ASK1/ASK2 二重欠損マウスも腫瘍形成の亢進を示しませんでした。このような結果から、ASK1は腫瘍形成をむしろ促進する活性をもち、その活性によってASK2ノックアウトマウスの腫瘍形成が促進されていると考えられました。

 ASK1がそのような活性を示す機構を明らかにするため、二段階皮膚腫瘍形成モデルで用いる2つの薬剤それぞれに対するASK1ノックアウトマウスの応答を検討してみました。まず、ASK1ノックアウトマウスの表皮角化細胞においては、ASK2ノックアウトマウスと同様、DMBAによるアポトーシスが減弱していました。よって少なくとも表皮角化細胞においては、ASK1はASK2と協調的に働き、アポトーシスを誘導することでDMBAによって障害を受けた細胞を排除し、腫瘍形成を抑制するものと考えられます。一方、ASK1ノックアウトマウスにおいては、野生型マウスやASK2ノックアウトマウスと比較してTPAによる炎症性サイトカインの産生などの炎症応答が著しく減弱していることが明らかとなりました。興味深いことに、野生型マウスより培養マクロファージを調製してASK1とASK2の発現レベルを調べてみると、ASK1は比較的多く発現しているのに対し、ASK2は非常に低レベルの発現しか検出できません。よって、炎症応答にかかわる炎症性細胞においてはASK1が優位に発現し、ASK1独自の機能として炎症応答を増強することで腫瘍形成を促進していると考えられます。

 以上の結果から、表皮角化細胞においてはASK2がASK1と協調的に働き、アポトーシスを誘導することで発がん性物質によって障害を受けた細胞を排除し、腫瘍形成を抑制すること、その一方でASK1はマクロファージなどの炎症性細胞において炎症性サイトカインの産生を亢進させることで慢性炎症を助長し、残存損傷細胞の増殖による腫瘍化を促進することが明らかとなりました(図4)

 現在、ASK2のがん抑制遺伝子としての機能を中心に、ASKファミリー分子とがんとの関連をさらに詳細に解析しています。


(図4)二段階皮膚腫瘍形成モデルにおけるASK1とASK2の役割

文献4:Iriyama, T. et al.: EMBO J.,28, 843-853(2009)