シグナルの新たな作動原理と
その異常による炎症・自己免疫疾患発症メカニズムの解明

Elucidation of novel machinery for signal transduction and mechanisms underlying inflammation and autoimmune diseases due to impairment of the machinery.

東京大学 大学院薬学系研究科 特任准教授 松沢 厚

  感染症は、途上国だけでなく、先進国である日本でも、肺炎を初め、癌や心・脳血管疾患の経過中の感染症も含めると、最も重大な死亡原因であることを認識している人は少ないかと思います。実は癌や動脈硬化、アルツハイマー病などの発症・進展にも炎症は深く関わっています。炎症や自己免疫疾患は病原体感染に対する生体側の過剰なストレス応答の結果であり、従って、過剰な応答を厳密に制御できれば、多くの疾患の発症原因や病態進行に対する新たな治療戦略として画期的なライフ・イノベーションの開発に繋がると考えられます。感染は一種のストレスとして生体で感知・処理され、シグナル伝達経路によって多様な生理応答に変換されますが、これまで、そのシグナルを厳密に制御する仕組みは良く分かっておりません。
 近年、“シグナロソーム”という細胞内の新たな構造体の存在が報告されています。この構造体は様々なシグナル分子が受容体などにヘテロに集積した巨大複合体であり、シグナルの感知や増幅・消去、分岐・変換を効率的に行う高度な情報処理装置として機能することが分かってきました。サイトカイン・自然免疫受容体の下流では、炎症や免疫応答の複雑で緻密なシグナル制御に必須であることを私達は見出しており、これを特に免疫シグナル複合体“イムノシグナロソーム(immuno-signalosome)”と呼ぶこともできます。最近我々は、その構成因子として、キナーゼとユビキチン化酵素というシグナル制御にとって最も重要な分子群とその制御因子が集積し、互いに相互作用しながら、シグナル活性化の強度や時間、細胞局在性を調節していることを明らかに致しました。活性酸素などの起炎物質もこの複合体を介して感知されます。すなわち、この新規複合体は、複雑な免疫シグナルを制御する高度な情報処理装置の実体であり、構成因子の機能欠損など、本システムの破綻が、増殖シグナルや免疫応答の持続時間・強度の異常によるリンパ腫や自己免疫疾患の原因となることが分かってきたわけです。
 本研究では、イムノシグナロソームを構成するシグナル分子群が感染ストレスを感知し、その強度に応じた免疫応答シグナルへと情報変換する新たな「ストレス受容-応答システム」の仕組みと作動原理を明らかにし、その異常や過剰応答を原因とする炎症・自己免疫疾患の発症メカニズムを理解することで、免疫応答の緻密な制御を可能とする新しいタイプの抗感染・抗炎症薬の標的分子同定や治療戦略開発に繋げることを目的としております。