東京大学 大学院薬学系研究科  
HOME 研究室概要 研究内容 研究活動 論文紹介 Member

薬化学教室 Laboratory of Organic and Medicinal Chemistry

研究内容

1.特異な構造特性を持つ分子の合成と機能化

β-アミノ酸プロリンミミックによる新規へリックスの構築

タンパク質-タンパク質相互作用やタンパク質-ペプチド相互作用はタンパク質の活性制御や細胞内シグナル伝達などに関わる創薬に非常に重要な現象です。多くの場合、この相互作用は意外にも10残基以下の非常に短いアミノ酸からなる規則構造(ヘリックスなど)が認識単位になっています。
本研究テーマでは、生体中のタンパク質やペプチドの活性構造を模倣し,さらに超越した安定な構造をとる分子を創製することを目指しています。


α-プロリンは、コラーゲンに見られるポリプロリンIIヘリックスやタンパク質中のターン構造など特異な構造を取りやすいことが知られています。通常のアミノ酸はペプチド結合がほぼトランス体のみで存在していますがプロリンのペプチド結合はシス体(下図右)も取ることができます。プロリンのペプチド結合がトランス体からシス体になると活性を発現するタンパク質も多く知られています。このシス-トランスの安定性を制御することはペプチドの機能発現に重要であると考えられます。


β-プロリンは非天然アミノ酸の一つです。私たちは,β-プロリンの構造固定化誘導体として二環性骨格を持つβ-アミノ酸を提案しました(上図右参照)。このホモオリゴマーのペプチド結合は水中でシス体のみを取ることをX線結晶構造解析やNMRにより証明しました(Hosoya, M. et al. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 14780-14789)。

(1) (2)

(1)二環性アミノ酸オリゴマーの4量体の構造解析(2)8量体の計算構造(side view & top view)


水中で安定な最小原子数の規則構造の研究

多くのタンパク質は、α-ヘリックスやβシートなどの規則的な折りたたみ構造を基盤として高次構造を形成します。この規則性形成の主要因として、全てのペプチド結合(アミド結合)が硬い平面構造をとるために主鎖が取りうる形が制限されることが挙げられます。本研究テーマは非平面化したアミド窒素原子、すなわち柔軟性のあるアミド結合を持つβ-プロリンアミノ酸誘導体を用いた時に、高次構造は形成されるのかどうか。また形成されるならどのような高次構造が作られるかを解析することを目的としています。
私たちは、二環性骨格を持つアミド1およびチオアミド2(下図)が顕著に非平面化した構造を溶液中持つことをX線結晶構造解析や温度可変Dynamic NMRの手法により明らかにしました。アミドAは非平面化による構造の歪みに起因する回転障壁の低下が見られました。アミドAとアミドBの回転速度には約3倍の違いがあります。

 
        二環性の非平面アミド(チオアミド)とアミド結合の回転障壁

柔軟性を増したβ-プロリンアミノ酸誘導体は意外にも、規則構造(ヘリックス構造)の形成を容易にしているという研究結果を得ています。その様なことが一般性のあることかを検証することも私たちの研究テーマの重要な興味の一つです。一方、現在世界中の研究者がタンパク質のフォールディングモデルとしての「もっとも小さなタンパク質の創製」を目指しています。ここで言うタンパク質とは、ヘリックスやターンなどの規則構造を持つペプチドを意味します。しかも規則構造は水という生体に必須な溶媒中で安定でなければいけません。私たちの研究は、規則構造誘起の最小単位の発見という意味でこの世界規模のテーマへの挑戦でもあることを強調したいと思います。
ところで、ヘリックス構造の創出にどのような機能が期待できるでしょうか? Gタンパク質共役型レセプター(GPCR: G-Protein-Coupled Receptor)やイオンチャネルなどの膜タンパク質の持つ生体機能の重要さは論を待ちません。これらの膜タンパク質は、細胞膜である脂質二重膜を貫通する膜貫通領域(Transmembrane Domain、TM)を複数もち機能構造を形成しています。この膜貫通領域はヘリックス構造をとります。つまりヘリックス構造は生体膜を交通できる可能性があります。細胞内に移行しにくい物質をヘリックス分子に結合させると、細胞内に運び入れてくれる可能性はないでしょうか?このあたりに人工ヘリックス分子の真の機能創出のヒントがあるような気がします。

【関連する研究成果】
Otani, Y. et al. J. Am. Chem. Soc. 2003, 125, 15191-15199.
Hori, T. et al. J. Org. Chem. 2008,73, 9102-9108.
尾谷ら、分光研究(分光便利帳)2010, 59(3), 140-142.



新しい放出様式による一酸化窒素(NO)供与物質の設計と機能

アミドを非平面化させた7-アザビシクロ[2.2.1]ヘプタン構造はN-ニトソロアミンの非平面化も引き起こすことが分かりました。N-ニトロソアミンも通常は平面構造をとります。このN-ニトソロアミンの非平面化はN-NO結合が弱くなっていることを期待させました。そのため、様々なニトロソアミンを合成して有機溶媒を助溶媒として水に溶かしてみました。残念なことに生体と同じpHである7.4では何も起きませんでした。しかし、チオールが共存すると面白い反応が起きることが分かりました。硫黄原子の求核的な攻撃によって,硫黄原子に二環性の化合物が持つNO基が移動するS-トランスニトロソ化反応を引き起こしたのです。生成したS-ニトロソチオールのS-NO結合は自発的に解裂して一酸化窒素(NO)を放出することが知られているので、間接的なNO放出が可能になりました。一方で、タンパク質の機能調整として特定のシステイン残基がS-ニトロソ化される(SNO)ことの重要性が認識されてきています。私たちのN-ニトソロアミン分子は生体中でSNO化化合物としての機能を発揮できるでしょうか?この点について精力的に研究を行っています。また、直接NOをpH7.4で発生させることはできないでしょうか?細胞に応用可能なCaged-NOを創製することにも注力しています。



【関連する研究成果】
1) Transnitrosation of Thiols from Aliphatic N-Nitrosamines: S-Nitrosation and Indirect Generation of Nitric Oxide
Yanagimoto, T. et al. J. Am. Chem. Soc., 2007, 129,736-737.
2)Structural Features of Aliphatic N-Nitrosamines of 7-Azabicyclo[2.2.1]heptanes That Facilitate N-NO Bond Cleavage.
Ohwada, T. et al, J. Am. Chem. Soc., 2001, 123, 10164-10172.



2.新しい反応の発見と合成への応用

陽イオン中間体(ジカチオン)の化学,芳香族化合物の多官能基化への応用

芳香族化合物は創薬化学・機能物質科学において最も重要な構造単位の一つです。極めて多くの医薬品は芳香族構造を有しています。芳香環の化学は医薬品化学に直結する研究テーマです。しかし芳香環を有する化合物の合成化学の問題点は,芳香環上の官能基の種類および配置の多様性の低い創出力にあります。すなわち出発物質として供給されている多置換芳香族化合物の種類が少なく、また芳香環への官能基導入反応も大きな制限を持っています。私たちは、芳香族化合物の置換基の種類および配置の多様化を実現するために 1)反応の応用性の拡大 2)反応の高効率化 3)芳香族置換基直接導入反応の開発 の研究を行っています。上記の目的を達成するために強ブレンステッド酸(プロトン酸)中で起きる有機分子のプロトン化によって生成する高度に電子不足なカチオン分子(ジカチオン)を利用する反応研究による芳香族化合物合成の新反応の開発を研究しています。また反応活性有機分子種の構造研究も行い構造有機化学の進歩にも大きく貢献しています。この研究テーマは20年以上継続して研究を続けています。私たちの多くの成果が、George A. Olah (1994年ノーベル化学賞受賞者(カルボカチオンの観測), Douglas A. Klumppの著書"Superelectrophiles and Their Chemistry"(Wiley-Interscience、2007)に多数のページを割いてまとめられています。

例えば、ごく最近、ブレンステッド酸を用いる芳香環への酸素官能基導入の新反応を発見しました。芳香環への酸素官能基化(形式的には酸化反応)反応は、ほとんど研究が進んでいない重要な研究テーマです。いわば、ベンゼンからフェノールを合成するということです。私たちの研究では酸素源はニトロ基です。この反応は非常に特徴的な置換基効果を示し,置換基がニトロ基やトリフルオロメチル基など強力な電子求引基において高収率で反応します。単純なフリーデル・クラフツ型の反応ではないことが示唆されました。私たちは、ベンゼン環の関与する初めての[2+3]環化付加反応(1,3-dipolar cycloaddition)であることを提唱しました。また生成物の4H-1,2-ベンズオキサジンは新規なヘテロ環化合物です。その反応性の研究として,マイルドな加熱によって,新たな反応活性な中間体であるベンゾキノンメチド3の発生の新しい前駆体となることを明らかにした。電子求引基を置換したベンゾキノンメチドを初めて発生させることができました。







Scheme 1. Oxy-fuctionalization of Substituted Aromatic Rings through Cyclization to 4H-1,2-Benzoxazines.

【関連する研究成果】
1) Formation of 4H-1,2-Benzoxazines by Intramolecular Cyclization of Nitroalkanes. Scope of Aromatic Oxygen-functionalization Reaction Involving a Nitro Oxygen Atom, and Mechanistic Insights.
Nakamura, S. et al J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 1724-1732.
2) Generation and Application of o-Benzoquinone Methides Bearing Various Substituents on the Benzene Ring.
Sugimoto, H. et al, Advanced Synthesis & Catalysis 2007, 349, 669-679.

ごく最近の研究ではトリカチオンの反応への関与を初めて実験的に提唱することに成功しました。芳香族分子創製の応用力のある反応を開拓しつつ、反応機構への考察・実験を行い新しいカチオンの反応概念を提案し続けたいと考えています。

【関連する研究成果】
1) Cyclization of Arylacetoacetates to Indene and Dihydronapththalene Derivatives in Strong Acids. Evidence for Involvement of Further Protonation of O,O-Diprotonated β-Ketoester, Leading to Enhancement of Cyclization
Kurouchi, H. et al J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 807-815.



3.特徴ある生物活性を持つ有機分子の設計・合成の研究
膜タンパク質と相互作用するケミカルモジュレーターのデザインと合成.
生体機能調節解明への挑戦


イオンチャネル開口調節分子の創製と開口機構の研究

イオンチャネルは古くから創薬のターゲットであり,チャネルの開閉を制御する様々な小分子が開発されてきました。しかし内在性リガンドのないイオンチャネルに対して一般に応用可能な分子設計戦略がなく,またその戦略を簡便に評価応用するケミカルバイオロジー手法が進展していないため、有効な小分子の探索と同定には多大な労力と時間が必要とされてきました。チャネルの開閉の制御に有効な有機分子の効率的な開発のためには生理的な刺激に対するチャネルの開閉機構などの知見に基づいた設計戦略が必要ですが、それら機構の多くは依然未解明です。

私たちは、現在、複数のイオンチャンネルやトランスポーターに関心をもち研究を行っています。その一つに細胞内カルシウムによる活性化を受け、かつ電位依存性カリウムチャネルの1つであるBKチャネルがあります。BKチャネルは、開口による大きなコンダクタンスを示すため細胞膜電位の安定化に大きな寄与をしていると考えられており,平滑筋や神経における興奮制御に関わっていると考えられています。BKチャネルは細胞膜の興奮によって流入する細胞内Ca2+濃度の上昇と膜電位の上昇に反応して開口して、細胞内からKイオンを流出させ膜の興奮を抑制するCa2+活性化型カリウムチャネルの一種です。大きな電位変化を起こし、興奮を抑制し、静止膜電位の維持に重要な役割をはたしていると考えられています。Ca2+活性化型イオンチャネルにはクロライドチャネルなどもあり、創薬ターゲットになりうるイオンチャネル群です。BKチャネルの化合物による開口を実現することにより、化合物による脳・神経や平滑筋の興奮制御が可能になるかもしれません。
私たちは, BKチャネルを開口させる新規な化合物群としてピマラン型テルペン類(ピマル酸)を発見しました。さらにデヒドロアビエチン酸がBK開口活性を示すことが分かりました。現在、ピマル酸はBKチャネルの標準オープナーとして世界的に認められ用いられています。


Our 1st Generation of BK-channel Openers

この発見をもとに新規かつより高活性な開口分子のさらなる創製ならびに生理活性について研究を行っています。私たちが創製した分子の作用の分子機構の解明にも興味を持っています。
今まで最もBKチャネル開口活性が強いとされてきた化合物の1つであるNS-1619と比べて2倍近く活性を上回る化合物(CYM004)の創製に成功しました。



【関連する研究成果】
1) Design, Synthesis and Characterization of BK Channel Openers Based on Oximation of Abietane Diterpene Derivatives
Cui, Y.-M. et al Bioorganic & Medicinal Chemistry, 2010 18, 8642?8659.
2) Novel Oxime and Oxime Ether Derivatives of 12,14-Dichlorodehydroabietic Acid: Design, Synthesis and BK Channel-Opening Activity
Cui, Y.-M. et al Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters, 2008, 18 (24), 6386-6389.
3) Dehydroabietic Acid Derivatives as a Novel Scaffold for Large-Conductance Calcium-Activated K+ Channel Openers.
Ohwada, T. et al Bioorganic Medicinal Chemistry Letters, 2003, 13, 3971-3974.



リン脂質を基盤とした膜タンパク質と相互作用するケミカルモジュレーターのデザインと合成・生体内ターゲット分子の探索

リゾホスファチジルセリン(リゾPS)はマスト細胞の脱顆粒促進や細胞遊走活性を示す内在性生理活性リゾリン脂質です。前者の観察がなされて(Martin el al, Nature,1979, 279, 250-252.)以来、この現象、すなわちリゾPSによる即時型アレルギー反応(花粉症など)の促進の分子機構は未解明のままでした。この生体内物質の構造を元に系統的にデザインした化合物の1つはリゾPSの活性を凌駕するスーパアゴニストになり、最近提唱されたオーファンGPCRの1つであるGPR34ではない、脱顆粒に関する未知の受容体の存在を明らかにしました。その高活性な化合物は、驚くことに、セリン部位にメチル基を1つ導入したスレオニンを有するリゾPTでした。本テーマは生体内ターゲットを探索する際にも有効な分子ツールを提供できると考えています。



【関連する研究成果】
Synthesis and Evaluation of Lysophosphatidylserine Analogs as Inducers of Mast Cell Degranulation. Potent Activities of Lysophosphatidyl- threonine and Its 2-Deoxy Derivative
Iwashita, M.; Makide, K. et al J. Med. Chem., 2009, 52 (19), 5837?5863.



4.理論計算を用いる構造化学・反応機構の解析・機能分子や生物活性物質の理論的な構造設計と機能予測、計算生物学

有機分子の構造や反応経路の研究には実験的証拠が必要ですが,実験的には入手できない構造情報や反応経路におけるエネルギーを算出して反応経路を提案することを行っています。また化合物デザインにおいて安定な構造や結合強度への置換基効果を予測することができます。多くの計算テーマは実験テーマと組み合わせて行っています。

有機反応化学や有機構造化学において分子軌道論は現象の理解を与えてくれます。フロンティア分子軌道論(FMO)は反応性の指標として用いられていますが,分子軌道のカノニカル性のため反応中心に局在するわけではなく、また複数の分子軌道に分散し,官能基ないしは反応中心に局在化した反応性を必ずしも表現しません。たとえば下の例は初歩的な有機化学の内容ですがFMOの問題点を明確に表しています。



フロンティア軌道理論はアニソールのortho/para配向性には有効であるが、ニトロベンゼンのmeta配向性を説明しない.o/m配向性になってしまう.

私たちは,単一の混成分子軌道にして反応性混成軌道 (Reactive Hybrid Orbital, RHO) と呼ばれる,well-behavedな反応軌道を得るための手法を最近開発しました。芳香族求電子反応の配向性を始め様々な化学現象に応用しました。継続して有機化学における局在化軌道の重要性を探究していきたいと考えています。

【関連する研究成果】
1) Rationale for the Acidity of Meldrum's Acid. Consistent Relation of C-H Acidities to the Properties of Localized Reactive Orbital.
Nakamura, S. Hirao, H. et al J. Org. Chem., 2004, 69, 4309-4316.

一方、私たちはオレフィンやカルボニル基の面選択性の理解に「軌道位相環境の非対称化」という概念を提唱しました。そのアイデアはSatoshi Inagaki (ed)"Orbitals in Chemistry (Topics in Current Chemistry)"Springer-Verlag (2010)のbook chapterにまとめてあります。この概念のさらなる検証が必要であると考えています。

励起構造の計算は実験スペクトル(例えばUV,CD,蛍光スペクトル)との比較という点で重要な研究領域です。私たちはこの分野についても研究を開始しました。

【関連する研究成果】
1) Theoretical study on the excited states of heteroarene chromophores: Comparison of calculated and experimental values
Tsuji, T. et al, Chemical Physics Letters, 2009, 473 (1-3), 2009, 196-200.